チューリップ(仮)

ガラにもなくこんなことをはじめてる

雨は忘れ物をドラマチックにする

ついに雨がやんだので、私は自分の赤い傘をたたんだ。傘をたたみ終え雨上がりのライトグレーな雰囲気の中を無心で歩いていると、まるでこの赤い傘がこの世で最後の色彩だったかのように思えた。ポストの上に忘れられていた眼鏡も、映像と字幕が交互に流れるモノクロサイレント映画の一部のようだ。

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持ち主は授業を受ける時にだけ眼鏡をかける東京大学の学生。男。この日の授業は今受けているもので最後なので、この後家に帰ったらたまっていた家事を終わらせて家賃を振り込みに行こうと思っていた。

彼には気になる人がいた。いつもこの授業で彼の斜め前の席に一人で座っている彼女だ。彼女は目のわるい彼が眼鏡をかけずにみてもわかるほど横顔が綺麗だった。彼は特に彼女の耳の形が好きで、授業に集中しなければと思えば思うほど、斜め前に座る彼女の耳に意識がいってしまうのだった。

 ところが今日、彼女はいなかった。これはこれまでで一度もないことで、真面目な彼は一日も休まず授業に出席していたからすぐにそれがわかった。これが今日の彼の予定を一つ変える出来事となる。

家賃の振り込みが終わり郵便局の外に出ると雨はほとんどやみかけていた。両手がいっぱいだった彼は水滴の残るポストの上にそれらを仮置きし、リュックの中を整理した。予定ではこの後ローソンで一人分の夕ご飯を買い自分の下宿先へ帰ることになっていたが、色々な偶然が重なり、これから彼は例の彼女に会うことになったのだ。

逸る気持ちを抑えつつふとスマートフォンで今の時間を確認すると、約束の時間が目前に迫っている。彼はあわててポストの上に乗せた物たちをリュックにしまい、なにもかも中途半端なまま小走りで待ち合わせ場所に向かった。授業の時にだけかけるあの眼鏡をそこに忘れて。

 

そんな妄想。この映画は誰かが眼鏡を忘れたときに始まり、私がその眼鏡を見つけたときに終わった。みたいな妄想。

この前のハイヒールといい今回の眼鏡といい、雨の日と忘れ物の組み合わせはものすごく相性がいいみたいだ。