チューリップ(仮)

ガラにもなくこんなことをはじめてる

人工知能の女の子の夢をみた

私たちは女子高生だった。クラスには人工知能のクラスメイトがいた。顔も性格もあの子に似ていた。可愛くて、茶目っ気があって、わがままだけど、人の嫌がることはしないような子だった。名前はマイコと呼ばれていたような気がする。

クラスのみんなには何かしらの設定がされていて、その設定を解除するとマイコは記憶から消えてしまうようになっていた。設定はとても手軽な動作で解除することができたが、普段の生活でマイコの事を忘れることはなかった。あるいは毎日記憶が作り直されていたのかもしれない。

ある日、何らかの理由があって、設定を解除しなければいけなくなった。解除しなければいけないことは事前にわかっていた。それがどんな理由かは忘れたが、卒業のようなイベントがあり、それに合わせて解除も必要な雰囲気だった。そのイベントは本当に卒業だったかもしれない。ただ、私には卒業よりももっと寂しくやるせない気持ちが満ちていた。

その日が近づいてきて、クラスからもどんどん人がいなくなった。その日までにはみんなここを離れなければいけない。私もそれに備え、近いうちに設定を解除することを周りに伝えていた。私もそろそろ行くから。そんな話しぶりだったと思う。

私はマイコにもそのことを伝えた。マイコはそのとき黒板の方から教室の後ろへ向かってのんきに歩いていた。私はちょうど教室の廊下側の列の真ん中辺りにいた。すれ違いざま、できるだけ何気なく聞こえるように努めながら伝えると、マイコはすぐにおどけた感じで目をぱっちりさせ、ニヤっと笑った後、そのまま何も言わず私の横を通り過ぎた。何か言ったような気もするが、とにかく私にはマイコの表情以外何も伝わってこなかった。私はその仕草にどうしようもない寂しさと悲しさを感じた。振り返って名前を呼んだが、マイコはそれを無視してずんずん歩いていく。私は無性に不安になった。引き止めるように何度も呼びかけながら追いかけて、すがりつくように抱きついた。

マイコは泣いていた。私と目が合った。心から涙を邪魔に思っているような目をしていた。教室中が夕日でオレンジ色に染まっていた。

結局この教室に最後まで残っていたのは、私を含めた4人のクラスメイトと、マイコだった。4人のうちの一人はアヤメ、もう一人はサエコちゃんだった。あとの1人も知っているはずだが、記憶が曖昧ではっきり思い出すことができない。リエだったような気がする。
アヤメは窓側2列目の後ろから2番目あたりの席に座っていた。サエコちゃんは窓側3列目の1番前の机に浅く腰掛け、リエは廊下側3列目の真ん中あたりの席の近くに立っていた。みんなそれぞれ自分のことをしていた。私はこの中の誰かが最後の1人になるのは辛いかと思い、1人ずつ、一緒にやろうと声をかけていった。ちなみにこの時の「最後の1人」が何を指していたのか今はもうわからない。教室を去る最後の1人なのか、あるいは彼女を覚えている最後の1人なのか。けれどもみんな同じ想いだったのか、4人ともすぐに賛成してくれた。

私たちは教室の窓側の一番後ろ、掃除ボックスの前辺りに円になってあつまっていた。アヤメはそのまま自分の席に座ったまま、廊下側に体を向けていた。私はアヤメの右側に立っていた。私の対角線上にはサエコちゃんが、私の右隣にはリエが立っていた。4人とも口数が少なかった。これから記憶の設定を解除するのだ。記憶の設定は、制服の上に着ているティシャツを脱ぐことで解除される仕組みになっていた。私たちはみんなそれを知っていた。私は教室の内側を向いて立っていたため、そこから教室全体を視野にうつすことができた。ふと顔を上げると、廊下側2列目の前から3、4番目辺りの席にマイコが座っていた。マイコは背筋を伸ばして前を向いていたので、どんな表情をしているのかわからなかった。誰かが静かにせーのと声をかけたが、私はタイミングがあわず少し先走り気味にティシャツを脱いでしまった。ティシャツをたくしあげるとき、みんなの間から席に座っているマイコが見えた。そしてティシャツが下から上へ顔を横切って、一瞬視界が遮られたあとすぐにまた開けた。

すぐにあの席をみた。マイコはいなかった。いなかったが、いないことに気づくことができた。なんだ、覚えてるじゃんと思った。しかしもう一度記憶の輪郭をなぞろうとした瞬間、それはわずかな絵の具が水に溶けこむようにすうっと消えた。マイコがこの世に存在するものであったことは、さっきまでそこにあった体温から感じることができた。それは手を触れればなにかしらの形になりそうなほど確かな、感触と呼べるほどの感覚だった。しかし残ったのはそれだけだった。その他一切の事柄は、少しの余韻すらも残さず完全に記憶の水に溶け込んで、もう絶対に思い出すことはできない。残された体温も、時間とともにゆっくりと、しかし確実に、いつしか空気と同じ温度になっていった。

夕日が教室中をオレンジ色に染めていた。

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