チューリップ(仮)

ガラにもなくこんなことをはじめてる

よだかの星

よく晴れた悲しい夜はいつもよだかを探してしまう。よだかはあのときどんな気持ちだったのだろう。寒くて血を流して上も下もわからなくなって、まがってしまったくちばしでわらったとき、何を考えていたのだろう。

宮沢賢治 よだかの星

よだかはみんなにいやがられていた。特に鷹なんかは自分と同じ名前がよだかにも使われていることが気に食わなくて、毎回名前を変えろと言ってきた。よだかが「神様が下さった名前だからできない」と言うと

「いいや。おれの名なら、神さまから貰ったのだと云ってもよかろうが、お前のは、云わば、おれと夜と、両方から借りてあるんだ。さあ返せ。」

重ねて

「(中略)おれがいい名を教えてやろう。市蔵というんだ。市蔵とな。いい名だろう。そこで、名前を変えるには、改名の披露というものをしないといけない。いいか。それはな、首へ市蔵と書いたふだをぶらさげて、私は以来市蔵と申しますと、口上を云って、みんなの所をおじぎしてまわるのだ。」

と言う。さもなくばつかみころすぞと。

お前の名前は借り物だと言われて自分のだめなところを思い返して情けなくて。そういうよだかの気持ちを想うとどうしようもなく涙が出てくる。よだかは自分のためにころされた虫がいたことに気づいたとき、こんな自分のためにころされた虫が不憫でつらいと泣いたけど、そんな私だって普段はよだかのことなんてすっかり忘れて、自分が悲しいときにばっかりよだかのことを想って泣く。

(一たい僕ぼくは、なぜこうみんなにいやがられるのだろう。僕の顔は、味噌をつけたようで、口は裂けてるからなあ。それだって、僕は今まで、なんにも悪いことをしたことがない。赤ん坊のめじろが巣から落ちていたときは、助けて巣へ連れて行ってやった。そしたらめじろは、赤ん坊をまるでぬす人からでもとりかえすように僕からひきはなしたんだなあ。それからひどく僕を笑ったっけ。それにああ、今度は市蔵だなんて、首へふだをかけるなんて、つらいはなしだなあ。)

嫌なヤツになれなかったよだか。ばかなよだか。虫の命なんて想わなくても図々しくだって生きられたのに。

だけどよだかは少なくともひとりぼっちではなかった。よだかにはかわせみや蜂すずめがいた。

よだかは、あの美しいかわせみや、鳥の中の宝石のような蜂すずめの兄さんでした。蜂すずめは花の蜜をたべ、かわせみはお魚を食べ、夜だかは羽虫をとってたべるのでした。

かわせみは「行っちゃいけませんよ」とよだかを引きとめてくれたし、遠くにいる蜂すずめだって最後に挨拶ができなかったことをかなしんでくれただろう。こんな私に想われなくたって、星の出ない夜だって、カシオペア座のとなりのよだかの星を想ってくれる存在がいてよかった。

よだかは、実にみにくい鳥です。
顔は、ところどころ、味噌をつけたようにまだらで、くちばしは、ひらたくて、耳までさけています。
足は、まるでよぼよぼで、一間とも歩けません。
ほかの鳥は、もう、よだかの顔を見ただけでも、いやになってしまうという工合でした。

青く光る星はほかの星よりも温度が高いと知って、それがよだかにぴったりだと思ったので、私はなんだか嬉しくなった。

よだかの星 (日本の童話名作選)

よだかの星 (日本の童話名作選)

この話をこんなにすきになれたのは最後の一文のおかげ。よく晴れた悲しい夜によだかを探してしまうのもそのおかげ。