チューリップ(仮)

ガラにもなくこんなことをはじめてる

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2019/06/29 日本時間14:02 ロンドン6:02

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イヤホン越しに、CAの女性の声でまもなく着陸のためシートベルトを腰の低い位置で着用してくださいというアナウンスが聞こえた。

窓の外は藍色、というよりは「ネイビー」の水彩絵の具をきれいな水にとかしたような色をしていた。

まだ左翼の下には雲しか見えなかったが、そのまま眺めていると、確かにまもなく、機体が傾くのがわかった。

空を大きく旋回する機体。

下一面に広がる雲を横目にどんどん下降していく。

そして、深夜便は、夜明けとともに雲を抜けた。

雲が途切れ、視界が開け、大地が顔を出したとき、いネイビーだった空は一瞬のうちに明るみ、この機体の目指す先を示すかのようにそこだけ雲が開けた。

小さく見える大地と、そこに根付く人々の暮らしの気配に、私は自分の体からエネルギーが湧いてくるのを感じた。

大地が近づくにつれ鮮明になる、建物の窓、木々の揺らぎ、車の往来。

機体のタイヤが地面を掴んだとき、これからの生活への期待、予感が、ちょうど心地よい程度に私の体を満たした。

6:20、CAの女性が着陸したことを告げた。

飛行機が止まる。

窓越しに異国の朝日が差し込んでくる。

日本のそれよりも眩しく感じる。

いい日だ。

これからの半年間もきっと。

恋と愛のちがい

同居人にはいつも迷惑ばっかりかけてきた。今もそうだ。私は自分勝手なことばっかりしている。

同居人は、あいつは、面倒くさがりだけど、電話したいなってときには電話してくれた。短気だけど、待っててほしいなってときには本当にずっと待っててくれた。出かけるのはきらいだけど誕生日は必ず予定を空けててくれたし、起こされるとキレるけど怖い夢を見たときは抱きしめてくれたし、口はわるいけど嘘はつかなかった。

真剣に向き合ってくれてた。今もそうだ。いつでも私のことを受け止めてくれる。

 

愛は行動なんだって。

色々あると思うけど、ついさっきすれ違ったギャルのお姉さんがそう言ってて、なんか自分的にはそれが今までで一番しっくりきた。

あいつが教えてくれた。

あいつは帰る場所だ。

私は自分勝手でよくばりだけど、あいつのためなら全部捨てたっていい。

2018/08/09 5:48 夢の話

私たちは狭い廊下に並んでいた。

左側には壁、右側にはいくつかの部屋があって、時折数十人の若い兵隊が出入りしていた。いや、正確には「兵隊あるいは兵隊だったもの」というべきか。その部屋では目を背けたくなるような方法で粛清が行われていたから。

私たちは「兵隊だったもの」が部屋から出てくるのを待っていた。やることは決まっている。粛清の済んだ部屋を綺麗に片すのだ。

私は待っている間、さっき部屋に入っていった一人の兵隊を思い出していた。彼もこれまでの兵隊と同じように若く、健康的な雰囲気があった。目があって、少しだけ視線が引っ張られた。何か言われたような気がした。誰も気づかないよう、ほんの少しだけ唇を動かして。

彼はなんと言ったのだろう。あるいは何も言わなかったのかもしれない。

粛清はすぐに終わった。部屋に入る。首のない体が部屋の中心に向かって円形に並んで座っている。首はさっき兵隊を引率していた人たちが持って出ていった。私たちはいつものように機械的に、決められた作業をこなすだけだ。

 

一日の作業が終わったあと、私たちは控え室のような場所へ通された。部屋の中心に向かって円形に並んで座る。もうへとへとだった。壁にもたれかかる人や床に突っ伏する人もいた。私たちを引率してきた女性が無表情で何か言ったがあまり覚えていない。

「疲れたでしょう」

「あなたたちは全て見ているから」

「腰や膝を痛める人もいます」

「着物を二重に着るのです」

「少し休みなさい」

「頼みます」

記憶が混沌としている。

 

私たちは手元にあるヘルメットを被るように命じられた。そのヘルメットは黒くて大きく、頭のてっぺんから何かのコードがでていた。私たちは何も言われていないが、これから何が起こるのかわかった。

「絶対痛いよー!」

「こわい」

「やだぁ」

不思議と重苦しい雰囲気はなかった。みんな口々に不満の言葉を言い合ったが、それはまるで想う人を言えと言われて嫌がる少女のようだった。

私も同じように不満を言った。

これを被りたくなかった。

しかし被らなければいけないのだろう。

かっこいいひと

誇りを持って努力してるマニアックなひとって、なんかかっこいい。どんなにくだらないことでもそのひとが真剣に向き合っているのなら、それがたとえ世間的に認められないことだったとしても私はできるかぎり否定したくないし、場合によっては応援したいとさえ思うこともある。

例えばカンニングの下ごしらえに余念のなかった高校時代のクラスメイト。7年間フルーツしか食べていない男の人。学校の手洗い場をキャンバスに、残った絵の具で絵を描いていた弟。

それに今日行った美容院の美容師さん。

すごくマニアックなひとだった。髪について語り始めるととまらなくなるあたり、髪に人一倍興味があって熱心に勉強しているんだなということがひしひしと伝わってきた。こんなに純粋に好奇心をむき出して会話を楽しんだのは久しぶりだった。

会話以外にも驚いたことがある。彼の手の感触だ。ドライヤーで髪を乾かしてもらうとき、しばしば肌に櫛があたる感触があったのだけど、それは実は櫛ではなく彼の手の感触だったのだ。

彼の手はまるで日本一の職人が唯一無二の技術で作り上げた木製の櫛のようだった。その櫛は上質な油が染み込ませてあるので、ひと梳かしするだけで髪はおどろくほど理想的に変化する。職人は上質な木材を上質な技術で加工しているので、肌ざわりもとい髪ざわりも嫌味がなく心地がいい。あの感触はまさに人の髪を梳かすために存在する手だった。すばらしいことだ。

 

この出来事で気づいたことがある。私がかっこいいと思うひとには共通点が2つあるのだ。ひとつは初対面で仕事は何だの歳はいくつだのそんな野暮でつまらないことをわざわざ聞いたりしないこと、もうひとつは例えば今日の彼のように手の感触や歩き方なんかが少し変わっていること。そんな人がまだまだたくさんいるのだと思うと、私は筆舌に尽くしがたい気持ちでどうにかなってしまいそうだ。