2018/08/09 5:48 夢の話
私たちは狭い廊下に並んでいた。
左側には壁、右側にはいくつかの部屋があって、時折数十人の若い兵隊が出入りしていた。いや、正確には「兵隊あるいは兵隊だったもの」というべきか。その部屋では目を背けたくなるような方法で粛清が行われていたから。
私たちは「兵隊だったもの」が部屋から出てくるのを待っていた。やることは決まっている。粛清の済んだ部屋を綺麗に片すのだ。
私は待っている間、さっき部屋に入っていった一人の兵隊を思い出していた。彼もこれまでの兵隊と同じように若く、健康的な雰囲気があった。目があって、少しだけ視線が引っ張られた。何か言われたような気がした。誰も気づかないよう、ほんの少しだけ唇を動かして。
彼はなんと言ったのだろう。あるいは何も言わなかったのかもしれない。
粛清はすぐに終わった。部屋に入る。首のない体が部屋の中心に向かって円形に並んで座っている。首はさっき兵隊を引率していた人たちが持って出ていった。私たちはいつものように機械的に、決められた作業をこなすだけだ。
一日の作業が終わったあと、私たちは控え室のような場所へ通された。部屋の中心に向かって円形に並んで座る。もうへとへとだった。壁にもたれかかる人や床に突っ伏する人もいた。私たちを引率してきた女性が無表情で何か言ったがあまり覚えていない。
「疲れたでしょう」
「あなたたちは全て見ているから」
「腰や膝を痛める人もいます」
「着物を二重に着るのです」
「少し休みなさい」
「頼みます」
記憶が混沌としている。
私たちは手元にあるヘルメットを被るように命じられた。そのヘルメットは黒くて大きく、頭のてっぺんから何かのコードがでていた。私たちは何も言われていないが、これから何が起こるのかわかった。
「絶対痛いよー!」
「こわい」
「やだぁ」
不思議と重苦しい雰囲気はなかった。みんな口々に不満の言葉を言い合ったが、それはまるで想う人を言えと言われて嫌がる少女のようだった。
私も同じように不満を言った。
これを被りたくなかった。
しかし被らなければいけないのだろう。
かっこいいひと
誇りを持って努力してるマニアックなひとって、なんかかっこいい。どんなにくだらないことでもそのひとが真剣に向き合っているのなら、それがたとえ世間的に認められないことだったとしても私はできるかぎり否定したくないし、場合によっては応援したいとさえ思うこともある。
例えばカンニングの下ごしらえに余念のなかった高校時代のクラスメイト。7年間フルーツしか食べていない男の人。学校の手洗い場をキャンバスに、残った絵の具で絵を描いていた弟。
それに今日行った美容院の美容師さん。
すごくマニアックなひとだった。髪について語り始めるととまらなくなるあたり、髪に人一倍興味があって熱心に勉強しているんだなということがひしひしと伝わってきた。こんなに純粋に好奇心をむき出して会話を楽しんだのは久しぶりだった。
会話以外にも驚いたことがある。彼の手の感触だ。ドライヤーで髪を乾かしてもらうとき、しばしば肌に櫛があたる感触があったのだけど、それは実は櫛ではなく彼の手の感触だったのだ。
彼の手はまるで日本一の職人が唯一無二の技術で作り上げた木製の櫛のようだった。その櫛は上質な油が染み込ませてあるので、ひと梳かしするだけで髪はおどろくほど理想的に変化する。職人は上質な木材を上質な技術で加工しているので、肌ざわりもとい髪ざわりも嫌味がなく心地がいい。あの感触はまさに人の髪を梳かすために存在する手だった。すばらしいことだ。
この出来事で気づいたことがある。私がかっこいいと思うひとには共通点が2つあるのだ。ひとつは初対面で仕事は何だの歳はいくつだのそんな野暮でつまらないことをわざわざ聞いたりしないこと、もうひとつは例えば今日の彼のように手の感触や歩き方なんかが少し変わっていること。そんな人がまだまだたくさんいるのだと思うと、私は筆舌に尽くしがたい気持ちでどうにかなってしまいそうだ。
このまま終わればいいな
次会ったら他人みたいな顔と声で「お疲れさまです」っていうの。
深夜徘徊してみた
めずらしく眠れなくて映画をみたり絵を描いたりしていたら、ふとこのまま深夜徘徊してみるのはどうかというアイデアが浮かんだ。それは軽い思いつきだったけど、有意義な眠れない夜を過ごせるとてもいいアイデアな気がした。
目的地は近くの川だ。近くにいい感じの川があって、川沿いがいい感じになっているのだけど、そこを散歩するととてもいい感じの気分になれそうだと前々から思っていたのだ。
スリッパではなくスニーカーを履いてマンションを出た。自分が歩くとアスファルトに砂利がこすれて小さく音がなった。静かだからそれがよくきこえた。見慣れたまちだが、とても新鮮な気持ちだった。思ったよりも人がいない。そして暗い。とても心地よい。「深夜」が私にひっそりと寄り添ってくれているようだった。
15分後、目的の川についた。
正直、帰りたかった。
はじめは心地よく感じていた静けさが、途中からだんだん怖く感じるようになっていた。不審者がいたらどうしようとか、そういうことをふと考えてしまったのだ。「深夜」につきまとわれているように感じて、すこぶる居心地がわるかった。
それでもやっぱり川はいい感じだった。夜が明けるまであと30分ぐらいだろうから、どうせならと、なんとかそれまではここにいてみることにした。
軍手をはめたおじさんの訝しげな視線を感じながら適度な段差に腰を下ろす。冷えた空気が私の感覚を研ぎ澄ましていく。
川に反射する街灯の光。
高速道路を走るトラックの音。
冷たく柔らかい風。
自転車で犬の散歩をするおじさんと、自転車のスピードで散歩させられる芝犬。
そうしてだんだん明るくなる空。
青白くなる空気とそのにおい。
すずめの鳴き声。
集団で空を飛ぶなんかの鳥。
川の水音。
夜が明けたようだった。夜が明ける瞬間に立ち会えたことがとても光栄に思えた。
私の足元に誰かが撒いていったパンくずがあったのに気づいた。それを白黒の鳥が2匹ついばみにきた。子どもとそのおかあさんがその話をしながら後ろの道を通り過ぎていった。
私は途中のコンビニで消しゴムを買って、そして帰ろうと思った。